津軽塗テーマの映画「バカ塗りの娘」家庭画報・編集長の千葉由希子さんと映画プロデューサー盛夏子さんのトークイベントレポート

こんにちは、工芸と心地よい暮らしを探すメディアontowaです。

第1回「暮らしの小説大賞」を受賞した「ジャパン・ディグニティ」(髙森美由紀さん著)を、主演 堀田真由さん、鶴岡慧子監督で映画化した「バカ塗りの娘」が、全国にて絶賛公開中です。

映画「バカ塗りの娘」は、当メディアの注目作品「心地よかったと思える映画」として紹介させていただいています。

これまでの記事は👉 映画バカ塗りの娘

また、「津軽塗」のことを知らなかったけど興味が湧いてきた方には、当メディアの記事「バカ塗りこと津軽塗の魅力」もオススメさせていただいています。

さて、この度、伝統工芸青山スクエアにて8月31日に開催された、家庭画報の編集長・千葉由希子さんと本作の企画・プロデューサーである盛夏子さんが登壇したトークイベントを、ontowaで取材させていただきましたので、ご紹介させていただきます。

イベントは、伝統工芸青山スクエアの朝川さんからのお二人のご紹介でスタートします。

それでは、心地よいお二人のトークをお楽しみください。

ご挨拶と登壇者のご紹介

(朝川さん)
映画「馬鹿塗りの娘」トークイベントを開催させていただこうと思います。

本日はこのお暑い中ご来場いただきまして誠にありがとうございます。

また日頃、伝統工芸青山スクエアをご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。

私は、伝統工芸青山スクエアの店長をしております朝川と申します。

どうぞよろしくお願いいたします。

さて、この「馬鹿塗りの娘」のトークイベントでございますが、実は青森県で「伝統的工芸品」として認定されている工芸品(伝産法に基づき経済産業大臣の指定を受けた工芸品)は、この津軽塗一点だけなんです。

その津軽塗がこういった映画で放映されることを大変に光栄に思っておりまして、私どもも、これはぜひ全国の方々に観ていただきたいという想いで、こういった形でトークイベントを開催させていただく運びとなりました。

関係各所の皆様からもいろいろとご尽力いただき、この運びとなったことお礼申し上げます。

それでは、今日のご登壇者はお二人でございます。

まずは、家庭画報の編集長 千葉 由希子さまです。

香川県出身でございまして、香川漆芸に非常に造詣が深いということで、現在編集長をしながら、海外のラグジュアリーブランドと香川漆芸とコラボし、商品化をするといった企画にも動いていただいていらっしゃる方で、漆芸そして伝統工芸に造詣が深い方でございます。

〈登壇者プロフィール〉(敬称略)
千葉由希子(『家庭画報』編集長)
1992年世界文化社入社時より『家庭画報』ファッション班所属。
2001年『MISS』副編集長。『MISS Wedding』所属後、『家庭画報別冊ときめき』と『家庭画報.com』編集長を経て、2018年より現職。趣味はスキー、読書、犬の散歩。

そしてもう1名は、盛 夏子さまです。

今回、この映画「バカ塗りの娘」を企画し、そしてプロデュースされた方でございます。

〈登壇者プロフィール〉(敬称略)
盛夏子(映画『バカ塗りの娘』企画プロデュース)
1996年 日活株式会社入社、2003年 株式会社アミューズ入社。
プロデューサー作品として「深夜食堂」ドラマシリーズ、『映画 深夜食堂』『続・深夜食堂』、NHKドラマ「すぐ死ぬんだから」「今度生まれたら」「おもかげ」など。

そういった意味で今回、伝統工芸の造詣が深いお二方に、この映画にまつわるお話、漆芸のお話、そしてもう一つ大きくは伝統工芸、こういったものの世界を語っていただこうと企画させていただきました。

それではお2人をお呼びしまして、開催させていただきます、よろしくお願いいたします。

(盛さん)
ご紹介いただきありがとうございます。

本日は暑い中、お集まりいただき、ありがとうございます。

映画「バカ塗りの娘」、明日からの全国公開を記念して、こういったトークショーを開催させていだきました。どうぞ、よろしくお願いいたします。

では、簡単に自己紹介から。まずは千葉さんからお願いいたします。

(千葉さん)
皆様、今日はお暑い中お集まりいただきましてありがとうございます。

私は、家庭画報という雑誌の編集長をしております、千葉由紀子と申します。

家庭画報は、今年で66周年のライフスタイルをメインとしました雑誌でして、私は15代目の編集長になります。

ライフスタイルの中でこういった伝統工芸、絶やしてはいけない日本の大切な技術も折々に触れて特集しております。どうぞよろしくお願いいたします。

(盛さん)
私は、盛夏子と申します。

アミューズという会社の映像企画制作部でドラマですとか映画の企画と制作をしています。最初は日活という映画会社に7年くらいおりまして、その後、今の会社に入り、ずっと映画のドラマの企画と制作をしております。

映画のストーリーについて

(盛さん)
それでは、簡単に映画のストーリーからご紹介します。

青森県を代表する青森県の津軽塗という伝統工芸をモチーフにし、物語としましては、堀田真由さん演じる娘と小林薫さん演じる父の親子のお話です。親子でもあり、師弟関係でもあります。

娘は津軽塗職人をやっていきたいということを、ずっと言い出せないんだけども、胸の内に秘めていてなかなか、家を継ぐということを言えない。

女の子の私が家を継いでいいんだろうかと。

地方でやっぱりどうしても長男が継ぐもの、そのような問題を抱えている家族の物語です。

1年間のストーリーになっていまして、ます撮影自体は、去年2022年9月に全部おこなったのですが、雪のシーンですとか、お祭りのシーンですとか、全国からも何万人もの方がご覧にこられるという弘前の綺麗な桜風景もふんだんに映像に入れました。

その時々で少人数で実景だけ撮影をして1年のお話に見えるような工夫をしました。

どんな人生でも価値がある

(盛さん)
千葉さんは、事前にご覧いただいたということで、ご感想をいただけたらと思いますが、いかがでしたでしょうか。

(千葉さん)
とても温かい気持ちになる、とても綺麗な映画です。

とても印象的なセリフがありまして、おじいさんが、「やり続けること」と、3回おっしゃるんですよね。

それが胸に迫るシーンなんですけれども、何かそこから変わっていく感じがあって。

やり続けることの大切さと、「面白くてやめられない」っておっしゃるんですよね。

それほどまでに漆の仕事が魅力的なんだということが伝わってきました。

小さな家族の物語でもあるんですけれども、人が生きるということがどういうことか、どんな人生でもそれぞれ自分の物語を生きるんだ、どんな人生でも価値がある、そういう思いにもさせてもらいました。

こだわりの津軽塗制作シーン

(千葉さん)
漆のシーンがとても綺麗でした。

皆さまは漆器がどういうふうにできていくかをご覧になったことはありますか。

なかなかそんな機会ないですよね。映画をご覧いただくと、こんなに工程があるのですねと驚かれると思います。

これは盛さんがこだわって、残してくださったシーンですね。

(盛さん)
はい、そうですね。親子で黙ってBGMも会話もなく、ただひたすら作業をするというシーンがあります。

こういうところって普通、ドキュメンタリー映画じゃないんだから、エンターテイメントの映画なんだからって、プロデューサーって、短く切りがちな場面ではあるんですね。

ただ今回は、大体こんなふうになりましたから1回見てくださいっていう最初のラッシュのときに、もっと見たいなって自分でも思ったんです。

その時、とてもベテランの編集マンが、「これ長くないよね!いけるよね!」とおっしゃってくださって。

監督ももちろんそういう意図で残しているので、これはいけるなって思いました。

結果的に、あの場面をほめてくださる方が多かったんです。

セリフも音楽もない現地で撮った刷毛の音、研く音、そういうものを大事に聞こえるようにしました。

(千葉さん)
とても印象的でした。それ見てるときに、職人さんって、そこにずっと向き合って、細かい作業やダイナミックな作業をされてるので、ちょっと言葉が安っぽくなるかもしれないですが、日々の仕事がマインドフルネスなんだろうなって思いました。

それをじっと私も見てるので、そんな私もマインドフルネスでした。

(盛さん)
ありがとうございます。

家庭画報での取り組み

(盛さん)
職人さんのお話が出ましたが家庭画報さんは、伝統工芸の特集を数多くされていますが、千葉さんの編集長の仕事として、特にこだわって香川漆芸さんとコラボし、企画にも入られていると伺っています。

きっと今まで多くの職人さんにお会いしたんだろうなと思いますが、どのような関わりをされてきたのでしょうか?

(千葉さん)
香川漆芸という漆芸技術があるんですけれども、なかなか皆さんご存知ないかなと思うんです。

と言いますのも私は香川県の出身なんですけれども、ある日、香川県庁の方とお話しする機会があったのですが、香川漆芸って知ってますかって言われて、知りませんって言っちゃったんですね笑

よくよく聞きましたら実は私が通ってた高校の目の前に香川県漆芸研究所というのがあったのですが、え、そこにあったんですかっていうぐらいお恥ずかしい話ですが知らなくて。

でも聞けば、江戸時代の参勤交代のときに献上品として技術が発達した非常に技術の高いものなんですけれども、手がかかるものなので、お値段も高くて、お求めになる方が少なくなっているという問題を抱えてらっしゃいました。

まず香川漆芸というものも知ってもらわなけえばならないし、職人さんがちゃんと生活できるようにという土台も作らないといけないしと色々な課題がある中で、一緒にやりましょうってなった時に、どうやったら広まるかって考えたのが、海外ブランドと組んでみるということでした。

というのも、職人さんたちは、例えば、小箱を作っていらしゃったりするのですけど、今、皆さんスマホを持っている時代にお手紙を書く方もいらっしゃるとは思うのですが、たくさん売れるかというとそうではないと思うんです。

もっと売れるものや、皆がびっくりするようなものを作ったり、SNSの時代なので、皆が発信してくれるようなものを作ってみませんかとお話ししたんです。

そこで最初に挑戦したことが、「セルジオロッシ」というイタリアブランドの靴です。

こちらの社長さんにお話ししたところ、快諾してくださったので、たくさんの種類の靴を職人さんたちにお渡しして、その踵を自由に香川漆芸の技術で装飾していただいたんです。

こういうことからスタートして、2年目は、「Rodo(ロド)」というイタリアブランドのバックに塗っていただきました。裏は皮なんですけども、表面を漆で加飾していただき、銀座の和光さんで販売していただきました。

3年目は、今度は「ロイヤルコペンハーゲン」っていう、デンマークのうつわのブランドなのですが、茶器を入れる茶箱といいますか小箪笥(こだんす)に漆で装飾を施していただきました。

次に、去年お亡くなりになりました高田賢三さんの最後のデザインとなりますが、2021年に賢三さんと一緒に作ったものが、重箱と大きなプレート4枚のセットなんですけれども、ホームパーティのときに、テーブルの上にこれだけ出して直接お料理を乗せていただくようなものも制作していただきました。あと直近ではフランクミュラーの時計の文字盤を塗っていただいたりしています。

今までに、なかったかなっていうようなものに、職人さんたちも挑戦ですけども、今の生活に合うものとか、皆さんに驚いてくださるものに挑戦いたしました。

(盛さん)
どうもありがとうございます。

私もこの映画を企画して、監督と脚本を作る上で何度も弘前まで行って何人もの職人さんにお会いしたんですね。

その職人さんのその取材した結果、こんなことおっしゃってたとか、どんなふうに思われてるかっていうことを脚本に入れていったんです。

産業としては、なかなか跡継ぎの問題もあり、若い方がこれからどうやっていくのかということを考えやられている方がとても多かった印象ですが、職人さんって、その技術は素晴らしいのですけども、どうしても自分の思うものを、ずっとやってきたやり方でやっていて、誰に向けてどう売って、誰かに届くまでにどのような宣伝をして販売するといったプロデューサー的な立ち位置の人材が足りないんだとおしゃっている方がとても多かったんです。

千葉さんのお話を聞いて、とても素晴らしいなと思って。津軽塗の職人さんをご紹介したいなと思いました。

(千葉さん)
私も映画を観て何かできるなと思いました。

(盛さん)
ありがとうございます、夢が膨らみますね。

映画制作の背景にある想い

(盛さん)
今お話があったような問題もそうなんですけども、どうしても伝統工芸って、普通、お買い物するには少し値段が高いと。

でもそこには理由があって、なぜここまで値段がするのかっていうことを、どのぐらいの手間や時間をかけているかを、やっぱり文字で読んだりお話するよりも、映画の中の映像として一発で皆さんに、しかもドキュメンタリーではなくて、エンターテイメントの映画の中で、それを出せていけたらすごく説得力を持つと思ったんです。

なぜこの製品にこれだけのお金がかかるのか、意味があるのかっていうことを何かわかっていただけるんじゃないかなと。

そんなことが映画を通じて皆さんにお伝えできたら、こんなに素晴らしいことはないと思ってこの映画を企画したという背景もあります。

(千葉さん)
この手間暇を見ると高いとかっていうことよりも、今日ここにも津軽塗がありますけども、なんていうか、ものすごくいじらしいというか愛らしいというか、その存在が大切だなっていうことがよくわかります。

(盛さん)
そうですね。

今、簡単に写真ですとか、映像もそうですが、SNSなどを通じて簡単に見ることはできますけど、こうやって目の前で見る、工芸品の厚みとか、艶とか、もしかしたら香りとか手触りとかっていうものって、今立ち返ってみて大事なことかなって思いますね。

21世紀に出現する悪魔のお話

(千葉さん)
すいません、ちょっと変わったお話をします。

美学の研究をされていた高橋巖先生という方がいらしゃって。

ルドルフ・シュタイナーの研究をされている方なんですが、その方が、京都で公演された記録に、20世紀最後の話をされていたんです。

21世紀に悪魔が出現するとシュタイナーが予言していたと笑。

私はそれをずっと何なんだろうと思って生きてきて。

ついこの間、先生にお会いしたに、悪魔って何ですかって。

それは、パソコンとか、AIとか、そういったもののことかしらとお伺いしたら、先生はあっさりと、「唯物論」ですっておっしゃたんです。

唯物論って単純に言えば、今、世の中は何でも数でくくって、例えば、コロナにかかった人は何人だからとか、7人と3人といったら7が多いからこっちがいいだろうとか、みんなこういうことで物事を判断してしまう。

でも、そうではなくてそれぞれに生活があるとして、道端の草をかわいらしいと思う心や、誰かが手間暇かけて作ったものを見て愛おしいと思うこと、こういうことが忘れ去られることが問題なんだとおっしゃったんですね。

それは私が本を作る上で非常に大事にしていることで、この映画を拝見したときに、そういう大事なことを皆さんに思い起こさせてくれるメッセージがたくさんあって、いいことも、今これが問題だよっていうことも含めて、何か教えてくださる映画だなと感じました。

(盛さん)
ありがとうございます。

女性であるということ

(盛さん)
映画は、職人の技のことだけでなく、家族の話でもありまして、主人公の彼女がずっと想いを内に秘めてるんですね。性格的に引っ込み思案なので、なかなか、これをやりたいって言えなくて、ウジウジしています。

お兄ちゃんがいるのですが、おじいちゃん、お父さん、お母さんがいて、津軽塗を家業としている家族の話ですが、当然みんなお兄ちゃんが継ぐと思っているんですね。そんなこともあって彼女はなかなか言い出せなかったりするんです。

私は、この映画の原作を読んだときに、今の時代ってSNSなどで何か自分の世界が一晩寝て、次の日起きてみたらガラッと変わるっていうことがあり得ると思うんですが、そんな魅力が詰まった原作だったんですね。

彼女がこの映画の中で、ちょっと大きな冒険をチャレンジをするんです。

女性であることでいうと実際、職人さんに何人も取材をさせていただいたんですけど、私は、女性ならではの苦労があったりとかするんじゃないかしらと思って、この映画に、女性ならではの悩みみたいなことも書いていこうと思って脚本を作っていたんです。

でも、お話伺ってみると割と女性の職人さんも多くて、もしかしたら職人には女性の方が向いてるかもよって、おっしゃる方も何人もいらっしゃったんですよ。

なので私達が頭でっかちに思っていたよりも、ポンとそのようなことは飛び越えて、やりたいことをやってる方もいらっしゃたので、それはすごく印象的でした。

伝統工芸の魅力とは

(盛さん)
映画をご覧いただいて、伝統工芸の魅力といいますか、千葉さんが改めて思われていることはありますか。

(千葉さん)
漆器の話になりますが、漆を塗っては研いでを繰り返す様を見ていると、本当に人生そのものだなと思って、だからこそ、使うときに愛おしくなります。

あと、漆器って、実はお手入れ簡単なんですよね。

難しいって誰が言い出したんだろうって職人さんたちもおっしゃっていたのですが、そんなに洗剤を使わないで、ぱっと洗って拭いて使えますし、壊れたら、修理もできますし、ずっと使える点は魅力的ですよね。

(盛さん)
そうですよね。

今どきに言うと、SDGsといいますかサスティナブルといいますか、さっきの価値の話にも繋がりますけれど、大事に使っていけば、何代にもわたって自分の子供にもその孫にも、これおばあちゃんのよって使ってもらえるかもしれない。

落ちて壊れたら職人さんがまた塗り直してくれるっていう、それってすごく豊かなことで、その話を聞いて感激した記憶があります。

どうしても高価なものと思うと、奥にしまい込んじゃったりしますよね。

私が取材に行ったときに、とある年配の女性の方が「そうなのよ。でもそれってもったいないから、私も全部しまってあるものを引っ張り出して使うようにしてる」っておっしゃった方がいて。

この話を聞いて、これがもしかしたら何かこれからの伝統工芸のあり方みたいなものを、小さなことですけどガラッと変えることになるかもしれないと。

普段使いをするというのが、何かキーなってくるんじゃないかなと思いました。

(千葉さん)
映画の中でも漆器がたくさん出てきて盛り上がってらっしゃるんですよね。

うつわもお箸もすごく綺麗で、それを使ってる様子を見るだけで、私も家で引っ張り出しました笑

(盛さん)
たくさん揃えるのは大変かもしれないので、本当に気に入ったものを何か一つ、少しいいものを手に入れて、ご使用いただくとか、ちょっとしたことが豊な気持ちを運んでくれるんじゃないかなと思います。

この映画見ていただいて、津軽塗がこういうふうにできていてと注目していただくのは、もちろん嬉しいのですが、津軽塗に限らず、ご自身の故郷であったり、ご縁ある何かでもいいと思うのですが、その何かに気がついていただいて、何か一つを手に取っていただけると素敵なんじゃないかなと思うんです。

(千葉さん)
家庭画報でも、漆の特集をしたことがあるのですけど、担当者がいいよって言っていたのが、大きなうどん用のお椀でした。漆器に変えると、持っても熱くないし軽くてすごく使いやすいって薦めてました。

ちょっと笑い話なんですが、私がその香川県の職人さんに「私、今日、塗り物のお茶碗買って帰ります」って言ったら、「茶碗じゃない飯椀だよ」と笑

そういうふうに言う癖がついてたんですけど、我が家の飯椀は全部漆器に変えてまして、非常に軽いし扱いやすいですね。

思い出したんですけど私の編集者人生って、結構、漆の塗りものに助けられてまして。

海外出張に行くことが多いのですけど、お土産に漆のものを持っていくと、海外の方たち非常に喜んでくださって。

軽いですし、こんな綺麗なものがなかなかないので、喜んでいただけるんです。

本当の話なんですけど、イタリアに行ったときに、ある貴族の方のおうちで取材アポイント取ってたんですね。

到着して、トントンって扉を叩くと、奥様が出てこられて、「何か約束してたわね。でも今日ちょっと気分じゃないから、今日は取材お断り」ってなったんです。

でも私は帰る日にちも決まっているし、カメラマンさんもいるし今日取材できないとどうしようとなって笑

バターンって扉を締められて、あーって思ったときに、あ!お土産だけでもと思って、またドンドンドンって、奥様!すごい良いお土産があるのでこれだけでも受け取ってもらえませんかって。

漆のお椀で、コースターが中に入っていて、蓋が付いているものだったんですけど、これを見せたら、「えー、これくださるの!さあ、中にどうぞ!」って笑

帰ってから編集部でみんなに話したら、真似してしようってなって。

みんなの出張行くときのお土産はそれなんですけれども、何人かそれで救われたっていう笑

(盛さん)
映画の中にピアノが出てくるのでピアノの話をしますが、ピアノって元々木目そのままだったが、日本の漆で黒く塗ったっていうのが、あの黒いピアノの始まりという説もあるそうで。

ピアノブラックって、当時ヨーロッパの方々の憧れの色だったそうです。

漆をあつかう面白さ、難しさ

(盛さん)
少し職人さんから伺ったお話もさせていただきます。

最初に千葉さんがおっしゃってくださった、やり続けることというセリフも、実際の職人さんがおっしゃった言葉で、漆って本当に扱いが難しいとのことで。

面白いなって思うのが、漆って、塗っては乾かし、そして研ぐを繰り返す工程がありますが、乾かすのもすごく大事なんですけど、あの「乾く」って普通、水分が飛ぶみたいなイメージかと思うのですが、漆の場合は、湿度で乾くんですよね。あれは不思議ですよね。

どんなに前の日と同じようなことをやっていても、できてくるものが全然違うと。

その面白さたるやって、もう大ベテランの職人さんがおっしゃるんですよね。

本当に目をキラキラさせながら、もう難しいんだけど、本当に面白いんだっておしゃっていたんですよ。

そういう職人皆さんの想いみたいなものが何か映画に入れられたらなと思って制作しました。

(千葉さん)
そうですね。私もよく香川県の先生に撮影が間に合わなくなるから早く早くって失礼なお電話をすると、駄目なんだよ、一つ塗ったら、一日湿度を与えて乾かさないと次ができないからと毎年、諭されてます笑

もうひとつの親子の物語

(盛さん)
もう一つお話させてください。

今回、松山継道さんという有名な津軽塗職人の方にご協力いただいたんです。

取材をするにあたって、どんな方に映画に協力していただけばいいかとお尋ねした時に、皆さんが松山さんだと教えてくださって。

とってもチャーミングな方で、もう工芸展も、何度も入賞入選しているような方なんですけど、伝統的なものを作りながら、とてもモダンなグラスワインなどもデザインされている方がいらっしゃって。

彼にお会いした時に、「君は漆の映画を作ってくれるのか」と、とても喜んでくださって、「何でも協力してあげる、僕の道具も工房も使っていいし、全部教えてあげる。漆器もたくさん映画に出てくるだろうから、僕も作るよ」とおっしゃっていただいたんです。

実際、このポスターにもなっている撮影した工房や道具の数々は、松山さんのものです。

もう私の中で、第二の主演みたいに思ってご一緒させていただいていたんですけど、映画の準備中に突然お亡くなりになって。

その時、ちょっともう無理かなって思ったぐらいショックで、もう続けられないかもと思いました。

でも、松山昇司さんとおっしゃる息子さんも津軽塗職人をされていて、「親父は亡くなったんだけども、親父はこの映画を絶対やるんだと。生きていたら、きっとお前も一緒にやろうって言ってくれたはずなんで、私が責任を持って最後までやります。」っておっしゃってくださって。

同じく津軽塗職人である山岡さんと一緒に堀田さん、小林さんに毎日ぴったりくっついて指導していただきました。

この映画の裏側には、実はもうひとつの親子の物語がありました。

(千葉さん)
映画の最後にお名前がクレジットされていましたよね。

(盛さん)
はい。敬意を表してテロップでお名前を入れさせていただきました。

(千葉さん)
ぜひ最後まで席を立たずに、映画館で見ていただきたいなと思います。

Q&A

(盛さん)
最後にご質問ございますでしょうか?

(質問者Aさん)
映画の予告でピアノに津軽塗が施されていましたが、あれも松山さんたち職人さんが塗られたのでしょうか?

(盛さん)
はい。そうです。

あれはピアノを分解して、松山さん、山岡さんに塗っていただいたんです。

実は、弘前市からピアノを3台お借りして。

映画の撮影なので、塗る前のものと別で、塗ってる途中のバラバラのものや、あと完成したピアノがないといけなかったんです。

会社の1台だけだと足りなかったので、弘前市さんから使っていいよって言ってくださって、3台お借りしました。

映画で観ていただければと思うのですが、漆って白以外、ピンクとか緑とか本当に鮮やかな色で塗ることができるんですよね。

そういったところも面白いところだと思います。ぜひ、劇場でみていただければと思います。

(質問者Bさん)
このピアノは既に使われていないピアノだったのでしょうか?

(盛さん)
はい。そうです。

弘前市から使っていないピアノをお借りして、元に戻さなくちゃいけないんだろうけどなと思っていましたら、うまく活用してくださるっていうことで、弘前市の文化センターで、今後展示し、使ってくださることになりました。

ご質問どうもありがとうございました。

お知らせ

(盛さん)
ここで家庭画報さんからのお知らせがございます。

(千葉さん)
先ほどお話した、漆の取り組みなんですけれど、次のものがスタートしておりまして、来年の、おそらく4月号でこういったものができましたとご披露させていただけると思います。

もう一つ、毎年「全国漆器展」(主催:日本漆器協同組合連合会 / 一般社団法人日本漆工協会 / 一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会)が開催されているのですが、前回の57回からその中に「家庭画報賞」というものを新設していただきまして、今回の58回も審査させていただき、来年3月号になると思いますが、発表させていただきますので、是非いろいろな形の漆にご注目いただければと思います。

そして、この映画「バカ塗りの娘」、皆様も是非ご覧いただければと思います。

(盛さん)
千葉さん、どうもありがとうございます。

皆様、明日9月1日からの映画「バカ塗りの娘」公開になります。

小さな映画なので評判がよければ全国での上映映画館数が増えていくという方式になりました。

もしご覧いただいて、いいなと思っていただけましたら、ご友人、周りの方々に一言、宣伝していただけると嬉しいです。

本日はどうもありがとうございました。

(朝川さん)
どうもありがとうございました。

私たちからもお知らせです。

私ども、伝統工芸青山スクエアにて、9月15日(金)~9月28日(木)に「全国漆器展」を1週間のイベントで開催いたします。

漆器にご興味ある方、ぜひまたお越しいただければと思いますので、よろしくお願いします。

それでは最後に、お二方にもう一度盛大な拍手をお願いいたします。

【青山スクエアトークイベント 概要】
日時2023年8月31日(木)17時45分~18時30分まで 
場所:伝統工芸 青山スクエア 特設会場(東京都港区赤坂 8-1-22 2F)
登壇者(敬称略):千葉由希子(「家庭画報」編集長)、盛夏子(映画『バカ塗りの娘』プロデューサー)

編集後記

今回のトークイベントは、私たちも興味津々のイベントで、貴重な機会をいただきましたこと、大変ありがたく思っております。

当日、初めて、千葉由希子さんと盛夏子さんにお会いしたのですが、お二人とも、とても素敵な方で、自然な振る舞いやお言葉から、人を惹きつける魅力があふれ出ていました。

お二人ともに、日本の工芸にとって素晴らしいプロジェクトを企画し、形にする想いの強さと実行力、そして何より自らの仕事を愛し、誇りを持って常に挑戦されていることに、大変刺激を受けました。

実は、家庭画報さんが一回目にコラボした、香川漆芸の技法にて装飾した作り手のお一人が、当メディアのオンラインストアで販売する漆器ブランド「中田漆木」の中田 陽平さんでもあったので、千葉さんのお話を聞いていて、ご縁を感じてしまいました。

津軽塗、香川漆器だけでなく、全国には、たくさんの漆芸品や工芸品があり、皆様がお住まいの地域にも、魅力ある漆器を手にする場があります。

盛さんも、お話されていましたが、私たちも、映画「バカ塗りの娘」を鑑賞した皆さんが、津軽塗に限らず、身近にある工芸にも目を向けていただき、何か一つ手に取っていただけたら嬉しく思います。

例えば、青森県指定の伝統工芸品である「青森県伝統工芸品」には、津軽塗の他に、八戸焼、津軽びいどろ、こぎん刺し、温湯こけしなど、まだまだ素敵な工芸品が多数あります。

映画の撮影地を巡り、素晴らしいその土地の空気を感じ、美味しいものを食べ、そして素敵な津軽塗や、その他工芸品にも関心を持っていただけたら、さらに素晴らしい思い出が作れるのではないでしょうか。

「工芸がキッカケで、つながっていく」、そんなことを感じたトークイベントでした。

本作品との出会いをキッカケに、日本の漆芸、工芸にも広く興味を持っていただき、楽しんでいただけたらと思っています。

舞台挨拶で堀田真由さんがおっしゃったように、

私たちも「心地よかったと思える映画」として、映画「バカ塗りの娘」を推してまいります

本作品が一人でも多くの方に届きますよう、引き続き一緒に盛り上げてまいりましょう。

映画「バカ塗りの娘」

全国公開中

【ストーリー】
「私、漆続ける」その挑戦が家族と向き合うことを教えてくれた――
青木家は津軽塗職人の父・清史郎と、スーパーで働きながら父の仕事を手伝う娘・美也子の二人暮らし。家族より仕事を優先し続けた清史郎に母は愛想を尽かせて出ていき、家業を継がないと決めた兄は自由に生きる道を選んだ。美也子は津軽塗に興味を持ちながらも父に継ぎたいことを堂々と言えず、不器用な清史郎は津軽塗で生きていくことは簡単じゃないと美也子を突き放す。それでも周囲の反対を押し切る美也子。その挑戦が、バラバラになった家族の気持ちを動かしていく――。

【クレジット】
堀田真由/坂東龍汰 宮田俊哉 片岡礼子 酒向 芳 松金よね子 篠井英介 鈴木正幸 
ジョナゴールド 王林/木野 花 坂本長利/小林 薫
監督:鶴岡慧子 脚本:鶴岡慧子 小嶋健作 
原作:髙森美由紀「ジャパン・ディグニティ」(産業編集センター刊) 
企画プロデュース:盛 夏子 プロデューサー:遠藤日登思 松岡達矢 福嶋更一郎 
ラインプロデューサー:大川哲史
撮影:髙橋 航 照明:秋山恵二郎 録音:髙田伸也 音響効果:齋藤昌利 美術:春日日向子 
装飾:松尾文子 衣裳:藪野麻矢 ヘアメイク:光岡真理奈
編集:普嶋信一 音楽:中野弘基 スクリプター:押田智子 スチール:蒔苗 仁 助監督:栗本慎介
製作:「バカ塗りの娘」製作委員会 制作プロダクション:アミューズ映像企画製作部 ザフール 
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会
2023年/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/118分

公式サイト:https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/
公式Twitter:@bakanuri_movie
公式Instagram:@bakanuri_movie

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