青の継承者たち – 武州正藍染と新鋭ブランドの創造的コラボとその熱き想い –

こんにちは、工芸と心地よい暮らしを探すメディアontowaです。

この度、埼玉県の伝統産業である「武州正藍染」を継承する石織商店(4代目代表:石塚新吾さん)と、同県の新鋭ブランドKARMA et CARINA(代表:北迫秀明さん)のコラボレーションによる、新たな工芸アイテムが発表されました。

「武州正藍染」とは、江戸時代から続く埼玉県の伝統的な染色技法です。

日本の近代産業発展に貢献した渋沢栄一と深い繋がりがあり、彼の支援により「武州正藍染」は地域産業としての価値を高め、国内外での認知と評価を得ました。

この伝統ある工芸を基軸に、このコラボレーションでは、伝統産業をラグジュアリー化し、後継者不足問題の解決に向けての取り組みをスタートしたとのこと。

今回の発表された新アイテムは、女性向けにのワンピース3型、ストール、Tシャツで、どれも天然素材を使い、環境に優しい染色方法で製造されているそうです。

「武州正藍染」とはどういった工芸なのか、お二人はどのようにコラボレーションをすることになったか、コラボで生まれた新アイテムの特徴や想いなど、お話しを伺うことができましたので、ご紹介させていただきます。

ここからはインタビュー形式でお楽しみください。

最初に「武州正藍染」について、教えていただけますでしょうか。

(石織商店:石塚さん)

“武州”(ぶしゅう)とは、武蔵国と呼ばれた埼玉県広域を指す言葉です。

武州正藍染は、埼玉県伝統的手工芸品であり、2008年9月19日、特許庁の地域団体商標に登録されました。

江戸時代、武蔵国の北部に位置する現在の加須市、行田市、羽生市近辺には、最盛期に200軒近くの藍染屋があったと言われています。

武州正藍染は、藍の葉から自然発酵建てでとった染料により染めるのが特徴で、手染めのため微妙な風合いがあり、さめるほど美しい色合いとなります。

洗えば洗うほど色が冴え、美しい風合いになっていく特徴があります。

石織商店の在る加須市周辺、江戸時代には武蔵国と呼ばれた埼玉県北部に位置する現在の加須市、行田市、羽生市近辺の井戸水は他の地域よりも鉄分を多く含んでいたため、媒染作用で紫がかった濃い藍色に染まるのが武州藍染の特徴です。

その深い濃い色味は、藍を濃く染み込ませるために布などを搗(読み:かつ | 叩くの意)ことからきていて、「褐色」の字があてられ、“勝色(かちいろ・かついろ)”とも呼ばれました。

勝色は“戦に勝つ”という意味にかけて、武士の間でとくに好まれたと言われています。

天然素材のみ、正藍染ということですが、例えば、昔ながらの方法で今の時代に染めることの難しさや、工夫していることはありますでしょうか。

(石織商店:石塚さん)

例えば、「すくも」と言われる原料が生産農家の減少により減っており、近年では価格が上がってきているという原材料の確保が難しくなってきたことがあります。

工夫でいえば、夏場は埼玉県北部地域は猛暑のため、染色も酸化前に乾くなど、染めがむずかしい環境になってきており、早朝から染色を行うなどの工夫をしています。

伝統工芸については、国内需要の減少や、後継者不足の問題があると聞きますが、「武州正藍染」ではどうなのでしょうか?

(石織商店:石塚さん)

剣道などは人口減少から需要が減ってきていると思いますので、「武州正藍染」で有名な剣道着の需要は減っています。

また、藍染の生地は昔ながらのシャットル織機で織られるため、機械の老朽化、生産メーカーの倒産などで現状の機械をいつまで使えるかが問題にもなっています。

化学薬品など安価な染料が普及したこともあり、高価で手間がかかる藍染は、大量生産には不向きな面もあります。

最盛期の明治 40 年代は 200 軒以上あった「武州正藍染」の紺屋も、現在武州正藍染でも5社ほどは残っていますが、後継者不足により自分の代で終わりだというところもあります。

ここからは、今回発表されたプロジェクトについてお伺いさせてください。
まずは、デザインのコンセプトはどのようなものなのでしょうか。

(KARMA et CARINA:北迫さん)

石織商店さんの「武州正藍染」は、天然素材を使用した制作過程や、販売後に製品の永年無料の染め直しを受けるなど、SDGsの観点からとても現代性のある背景を持っていると思いました。

その背景と、私が初めて「武州正藍染」に出会った時に感じた、優しい風合いや、深く美しい色合い、肌ざわりも、そのまま継承しつつ、より、現代の生活に似合ったシルエットやディテールを盛り込んでデザイン提案をしています。

また、藍染のコード紐でシルエットを変えて着られるワンピースや、ギャザーやウェストベルトを使用したフェミニンなシルエット、くるみボタン等のディテールも、従来の「武州正藍染」には見られなかった西洋の現代的デザイン要素で、和の伝統的な上品さにミックスさせたデザインになっています。

こういった伝統のアップデートをすることは、伝統を後世に繋ぐために重要なことだと思います。

また、このプロジェクト当初から海外展開を想定していましたので、日本に限らず世界で着てもらえるように、外国人モデル(ウクライナ人女性)を起用し、海外の方が「日本の伝統の藍染を着たときのイメージ」を持ちやすい様にビジュアル化しています。

武州正藍染の国際的な認知度を高めると同時に、文化的な交流を促したいと思い、この企画のデザインに取り組んでいます。

【SDGsへの貢献も考慮した武州正藍染のワンピース】
武州正藍染の技術を用いたワンピースは今後、染色方法によるバリエーションを展開予定

SDGs 14番目の目標】
天然素材を使用し、マイクロプラスチックの流出を抑制することで「海の豊かさを守ろう」に貢献
SDGs 12番目の目標】
「永年染め直し無料」を提供し、長期間の使用を促すことで「つくる責任、つかう責任」に貢献

今回のコラボレーションに至る経緯など教えていただけますでしょうか。

(KARMA et CARINA:北迫さん)

2019年頃から、私がもともと興味のあった「伝統産業とのコラボレーション」に向けて、様々な伝統産業の事業者さんに御会いして、お話しを伺っていました。

調べていくなかで、自分の出身地である埼玉県の伝統産業に注目するようになったんです。

埼玉県の伝統産業に注目するようになったのは、自分の出身地の伝統産業も他の伝統産業と同様に、後継者不足や需要の減少など、抱える課題が多いことを知り、せっかくコラボするならば、新しい製品をつくることで地元に貢献したいという気持ちが湧いてきたからです。

コラボ相手を探していたところ、共通の知人(埼玉県の事業者経営支援施設)からの紹介で、2022年5月に初めて石織商店さんに伺わせて頂いて、4代目の石塚新吾さんから「武州正藍染」のことを教えて頂きました。

「武州正藍染」の優しい風合いや、深く美しい色合いに魅かれまして、なにか自分のブランドとコラボレーションできないかと色々考えていたところ、石織商店さんから、新たに年齢層を低く設定した(3、40歳代~)ターゲットの製品をつくりたい、とお声がけ頂いて、具体的に動き出したのが2023年になってからです。

既存の顧客層は藍染全般的に60歳~くらいとのこと。

ご紹介でお会いしたとのことですが、そこからお互いどういったところに惹かれて、一緒にやろうと決意されたのでしょうか。

(KARMA et CARINA:北迫さん)

最初の印象は、それまで様々な職人さんにお話を伺いましたが、石塚さんは、現代の職人さんという感じで、ものづくりに対する柔軟さもお持ちのように感じました。

現に、ファッションブランドとのコラボレーションをされていましたし。

そして、石塚さんの藍染に向かう、「良いものを作りたい」という、真摯な姿勢と、御本人の人柄にひかれました。

こういう方が、一着ずつ丁寧に染め上げている服は、きっと着る人にも、その丁寧さ、優しさが、物を通して伝わるだろうと思ったんです。

私も石塚さんも共通しているのは、丁寧につくられたものを、丁寧に着続けて欲しいという想いです。

(石織商店:石塚さん)

埼玉県に対する熱い熱意を感じました。

その熱意は伝統工芸を大事にしたい藍染の可能性をもっと広げられるだろうと思いました。

今回、はじめてのコラボレーションということもあり、ご苦労、難しさもあったと思いますが、制作段階のご苦労、制作期間などお話しいただけますでしょうか。

(KARMA et CARINA:北迫さん)

2023年の年明け早々、1月から開始し、デザイン、制作、染め、最終的にモデル着用の撮影まで終えたのが、2023年9月の下旬です。

石織商店さんの武州正藍染のブランディングも含めてブランドのWEBサイトの作成もしています。

お互いに初めてのコラボレーションだったので、コラボ開始からモデル撮影終了まで、事ある毎にミーティング等、大変でしたが、伝統的な藍染と、洋の現代的なイメージが合わさって、新しく、より洗練されたイメージの藍染製品が出来たと思います。

実はビジュアル化には、AIも使用しているんです。

天然素材を使用した古くからの技法の伝統工芸品を、現代のテクノロジーを使用してビジュアル化し、広めていくということも、新しい取り組みとして重要だと思います。

完成まで石織商店さんの工房が在る加須市まで打ち合わせで何度も通わせて頂きました。

染色に関してはお任せしているのですが、ワンピースを染めると重量的に石織商店さんがとにかく大変そうで。

特に、水を含んで丈の長いワンピースが重くなる。濃い藍色を出すため、何度も染色~干すを繰り返すのが大変そうでした。

(石織商店:石塚さん)

染めではギャザー等が多く、その部分が染めむらにならないように気をつけました。

最後に、このコラボレーションの今後のご予定、展望などをお聞かせください。

(KARMA et CARINA:北迫さん)

共に埼玉県の事業者なので、埼玉県のジェトロに相談したり、経営相談をさせてもらえる支援拠点もあるので、そういったところを活用して、海外展開も進めている最中です。

特にジェトロの方には、国によっては値段の買いやすさで判断するバイヤーもいるが、安易に安売りするのではなく、この価値の分かる国の人に売っていこうと言われております。

伝統を衰退させることなく、発展させるために、伝統工芸のラグジュアリーブランド化が必要、と私は考えています。

エルメスやヴィトンも元々は馬具やスーツケース職人だったり、皮革というブランド背景があります。

今回について言えば、「武州正藍染」にも、ラグジュアリー化できる歴史と背景があると私は思っています。

また、今回の製品は生産過程や、販売後のサポートに関して、SDGsファッションを体現した製品だと思います。

そういった意味で、伝統産業でありながらも、とても現代的な要素も含んでいると思います。

こういったコラボを継続的に行うことで、新しい藍染ファッションの提案を、世の中に知って貰えるようになると思いますので、 この企画も、継続的に行うということは当初から双方で話していることなんです。

(石織商店:石塚さん)

ずっと言ってることなんですが、若い世代の方にもっと知ってほしい、着てほしいと思っています。

若い世代の方に広められる場所や発信をしていきたいと思います。

編集後記

自然との共存の中で生まれた日本の伝統工芸は、日本各地に多数存在します。

これらの工芸は、世界に誇れる日本の財産であり、博物館や美術館で展示された展示物という存在だけでなく、私たちが手に入れ、飾ったり、利用することができます。

このすばらしい環境を私たちが利用し続けるためには、先人から続く工芸の技術、文化、想いを受け継いできた作り手の存在と、原材料となる自然資源の確保が不可欠です。

しかし、昔と比べて、後継者の不足、原材料確保の困難さなどの問題が大きな課題となってきており、またはっきりとした解決策がなく市場は縮小傾向にある、これが今、私たちの目の前で起きていることです。

今回のお二人のコラボレーションは、これら課題に対して、工芸のラグジュアリー化、海外への市場拡大などを行うことで、新たな活路を見出そうとしているもので、地域産業の活性化だけではなく、日本の豊かな工芸文化を次世代に継承し、さらには国際的な認知を拡げるための活動です。

お話を伺い、北迫さんがご自身の出身地である地元の伝統産業に目を向けて、その地元愛とモノづくりに対する想いが石塚さんに伝わり、このような活動がはじまったことは、偶然ではなく、想いを持つ方々が引き寄せる必然だと感じました。

年齢を問わず、純粋で諦めない強い想い、そしてそれを持ち続けることは、これからの伝統産業、工芸の業界にもっとも必要なことのように思います。

そして、その想いを受け止め、かつ強い想いを持つ石塚さんのような存在もまた、これからの未来に必要なのです。

このような活動が他地域の伝統産業にとっても刺激となり、革新的な挑戦が各地で行われるきっかけになることも期待されます。

私たちも、このような取り組みが更に広がりを見せ、伝統ある工芸が様々な表現を見つけ、世界中の人々に受け入れられることを願っていますし、こういった熱量ある取り組みを、読者の皆さまと応援していくことができれば嬉しく思います。

プロフィール(敬称略)

KARMA et CARINA / 北迫秀明
・フランス・エスモード・パリ卒業 
・劇団四季をはじめ、映画や舞台の衣裳デザイナーとしての経験を持ち、2018年に自身のブランドを立ち上げる。 
・テレビドラマへの衣裳提供や神戸コレクション参加など、幅広い活躍を見せる。 

KARMA et CARINA 公式サイト
https://www.karmacarina.com/

石織商店 / 石塚新吾
・1910年創業の伝統的手工芸品指定工場 
・「彩の国優良ブランド品」や地域団体商標登録などの実績あり。 
・その藍色の美しさに魅了されるファンも多く、武州正藍染の広まりに貢献している。 

石織商店 公式サイト
https://www.ishiori-shoten.com/

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