2024年11月2日、3日の2日間、那須塩原千本松牧場にて、動物墨絵師 佐藤周作さんと、米ぬかのワックスを主原料とした「環境と身体にやさしい絵具『キットパス』」のコラボによる体験イベントが開催されました。
イベントの内容は、佐藤さんが、千本松牧場の「どうぶつふれあい広場」で人気の動物たちを描いたキャンバス下絵に、参加者の皆さんが「キットパス」で塗り絵をするというもので大人から子供まで幅広く参加していました。
好評につき、11月4日も佐藤さんは不在でしたが急遽追加で開催された人気イベントとなったようです。
イベント開催時の様子
佐藤周作さんは、動物を墨を使って描く墨絵師として、国内外で活躍する今注目のアーティストです。
佐藤さんが、動物由来の膠(にかわ)で作られた墨を使い動物を描くという行為は、素材とテーマが見事に循環しながら共生している点で非常にユニークです。
今回は、佐藤さんにインタビューをさせていただき、墨と動物の関係性や、彼がアーティストとして活躍する過程で生まれた活動の軸となるテーマのことなど、たっぷりとお話を伺ってきました。
ここからはインタビュー形式でお楽しみください。
墨絵を使って絵を描くきっかけはなんだったのでしょうか?
大学では油絵を学んでいました。もともと風景画を見るのが好きだったので、最初は風景を描くところからスタートしました。
しかし、課題で人物のデッサンを描いているうちに、人の筋肉やシワの表現に面白さを感じるようになりました。
ちょうどその頃、動物園に行ったんです。そこで象を見たとき、モチーフとしてすごく魅力的で惹かれました。
象のシワや筋肉の細かい表現に集中するために、色を排除し、濃淡のみで描くという発想から、最初は本当に何の気なしに墨という素材を使い始めましたが、墨との相性が非常に良かったんです。
ご自身のホームページに”生き物から生まれる「墨」という画材で、また動物を描く”とありますが、こういった循環についてこの頃からご存知だったのでしょうか?
動物のことも墨のことも最初の時点であまり知りませんでした。
でも作品作りをしていく中で、いろいろ調べしていくうちに、膠(にかわ)のことを通じて動物と墨の関係性であったり、奈良や鈴鹿の墨屋さんのことを知り、現状日本で墨を作ってる場所が限られてきていることも知るようになりました。
自分自身も日本人のアーティストとして発表する上で、どこかしら日本らしさみたいなところを持ちたいなっていう想いもありましたが、こうしたことを知ることで、より「循環」と「共生」というテーマを考えるようになりました。
というのも、海外と日本のギャラリーの違いとして、海外のギャラリーでは基本的にアーティストが在廊しないんです。
日本ではアーティストがギャラリーにいることが多いですが、海外では「アーティストは来ないでくれ、スタッフが対応するから」というスタンスなんですよね笑。
そのため、海外で出展する際には、自分以外の誰かが作品を説明するために、「どのようなきっかけで」「どんな意図で」作品を制作しているのかを、分かりやすく伝える必要がありました。
そこで、作品にテーマ性を持たせることが重要だと感じました。
これまで学んできたことを振り返る中で、「循環」と「共生」というテーマが自分に合っていると気づき、それを軸にするようになりました。
このテーマは20代の頃から取り組んでいて、10年くらいたった今も続けています。
当時はまだアーティスト一本ではなく、ギャラリーカフェで社員として働きながら、合間に制作をしていました。
振り返ると、こうしたテーマを考えることは、趣味としての活動ではなく、アーティストとして本格的に活動していく上で欠かせないプロセスだったのだと思います。
動物を描く際に特に意識している点はありますか?
一番は、目の表現ですね。
動物は言葉を話さない分、見る人に何かを訴えかける際には、特に目の表情が重要だと思っています。
そのため、目の描写をとても大切にしています。
作品を見た方からよく言われるのですが、目だけはあえて人間らしさや感情が感じられるように描いています。
例えば、ネコ科の動物はそのまま描くと目が鋭く、少し怖い印象になることが多いです。
でも、自分の作品では目だけは意識して少し人間臭く、柔らかい雰囲気を出すようにしています。
これは、鋭い印象よりも柔らかさを感じられる絵にしたいという思いからです。
墨の持つ力強さの中に、優しさを感じさせる目の表情を加えることで、そのギャップが一つの魅力になるのではないかと思っています。
動物を描く際に難しいと感じる部分は何でしょうか?
質感、毛並みや肌の質感でしょうか。
最初は象やサイといったシワやゴツゴツした肌の動物から描き始めたので、毛並みの表現には苦労しました。
最近では、トラのような毛並みのある動物も描くんですけど。
リアルな描写を目指しているので、細部をアップで描くことが多いのですが、全体像を描く際にはシルエットや体の構造にも気を配ります。
あまり崩しすぎると不自然になってしまうので、リアルに描き込む部分とデフォルメする部分のバランスは意識してますね。
動物を描いていると、動物好きの方が多く見に来てくださるのですが、皆さん本当に詳しいんです。飼育員さんもそうで、「このモデル、あの動物園のあの子ですよね?」と分かる方も結構いらっしゃいます。
だからこそ、例えばトラの模様なども適当に描くわけにはいきません笑。「なんか違うな」とご指摘を受けてしまうかもしれないので、気を引き締めて取り組んでいます。
これまで描いた動物の中で、特に思い入れのある動物は何でしょうか?
そうですね。もともと象が好きで描いていたので、象は定期的に描いています。
自分が動物の絵を描き始めるきっかけにもなっていますし、学内展で初めて墨と動物の作品を描いたのも象の絵で、それが入賞したりと、いろいろきっかけにもなっているので。
自分が数年前に母親が亡くなったときも、家族のイメージで個展をやったのですが、その時に母親は象でした。ちなみに父親はゴリラだったんですが笑。
やはり象は思い入れがある動物だと思います。
墨で描くとは筆で描いているのでしょうか?
はい。墨を硯(すずり)で摺って、筆を使って描いています。
キャンパスや木のパネルに、下地材の白いジェッソを塗って、その上に墨でという手法です。
ですので、普通の紙に描くのとちょっと違って、拭き取ることができるので、その技法を使って毛並みや濃淡を調整しています。
筆は色々な種類の筆を使っているのでしょうか?
基本は、書道とか日本画で使用する柔らかい筆ですね。
どうやって描いているのかと気になる方が多いので、たまにライブペイントも実施しています。
利用している墨や筆などの道具に好みはありますか?
現在よく使っているのは奈良の墨ですが、鈴鹿の若い職人さんが作る墨も利用しています。
墨には青みがかったものや赤みを帯びたもの、さらには藍染めの成分が入ったものなど、さまざまな種類があり、それぞれを使い分けています。
硯も見せていただくこともありますし、筆については、一時期広島に住んでいたこともあり、高価で数は多くありませんが、熊野筆も使っています。
そういう意味で、道具は日本各地のものを取り入れて活用させていただいていますね。
動物墨絵を通じて伝えたいメッセージはありますか?
私自身そうだったのですが、最初は「動物ってかっこいい」「かわいい」というシンプルな気持ちから興味を持ちました。
でも、動物について知るうちに、今その動物たちが減少し、ほとんどが絶滅危惧種になっていることを知りました。
同じように最初は何も知らなかったとしても、私の絵を通じて、そんな動物たちの本当の姿や現状に興味を持ってもらえたら嬉しいです。
そして、実際アートもそうですけど、ぜひ動物園にも足を運んで、実際の動物たちに会いに行ってほしいと思います。
現地で直接触れ合うことで、感じ方もまた大きく変わるはずです。
生きているものと触れ合う体験は、とても大切なことだと考えています。
今回のワークショップは、どういった内容か教えていただけますか?
米ぬかを主原料とする「ライスワックス」で作られた「キットパス」っていう、ちょっとクレヨンっぽい画材なんですけど、これで私が書いた下絵に塗っていただくというワークショップになります。
プロのアーティストからお子さまのお絵かきまで世代を超えた自由な楽がき文化を提唱している日本理化学工業株式会社さんのご協力で実現した特別企画です。
栃木県内はもちろん、牧場という環境下でも初の試みになります。
こういったワークショップは以前から開催していたのでしょうか?
そうですね。最初は缶バッチでやっていたんです。布の缶バッチに自分のイラストをプリントして、普通のペンで塗るという内容でした。
1、2年前に、キットパスと知り合ってから、キャンパスでの塗り絵をやって、「初めてのアート体験」、アーティストデビューみたいな体験をしていただけたらという想いで、この体験イベントを提供するようになりました。
モチーフを変えることで、さまざまな場所で展開できる可能性を感じ、取り組みを始めました。
絵を描くのが苦手なお子さんでも色を塗るだけだったら、取っ掛かりとしてやりやすいかなと思ってやっています。
今回の下絵は、この千本松牧場にいる動物をモチーフにしています。
実は自分自身も、絵を描くということに対して、一番最初は塗り絵から入っているんです。
幼い頃、ドラゴンボールとかポケモンを題材に下絵を描いて、それをコピーして友達に塗ってもらうみたいなことをしていたので、そういう原体験的なところからというのもありますね。
自分が絵に触れるきっかけとなった体験を、子どもも大人も関係なく楽しんでほしいと思っています。
そして、一緒にキャンバスに絵を完成させた思い出と共に、それを家に飾ってもらうことで、日本の家庭に絵のある暮らしを広げるきっかけになれば嬉しいです。
その結果、ゆくゆくは多くのアーティストの支えにも繋がっていけばと願っています。
私たちは、読者に「心地よい暮らし」を提案しています。佐藤さんが普段の暮らしをこことよくするために大切にしていること、心がけていることがあれば教えてください。
私の場合は、心地よい音楽を聞くことですかね。
20代の頃、ずっとカフェをやってたんです。
その頃、そこで使っていたBGMがそうなんですが、雨の日に聴きたくなる曲を集めたセレクトCDショップが当時西荻窪にあって。
例えば、雨が降った日って、今日雨かぁ、ちょっとテンション下がるなぁと、ネガティブに考えがちだと思うんですが、そのCDショップに出会ったことで、雨の日にこの曲聞こうかなみたいに雨の日が楽しみになる1つのきっかけになったんです。
「雨と休日」というお店で今は西荻窪から八王子に店舗を移して、オンラインでも販売しているのですが、私にとってすごくいい出会いでした。
カフェをやっていた当時、そこで聴いたアーティストに実際にカフェでライブしてもらったりとか、かなりリアルにも繋がっていました。
この雨の日に聴きたくなるテーマで集められた曲が好きになって、これを聴くことが今も心地よいと?
そうですね。
なかなか聴くことがなかったジャンルだったのですが、雨の日とか、あと家にいる時間が増えた時、それこそコロナとかで家にいる時間が増えた時に、家の中でリラックスするために、大切にしている方法のひとつになってます。
家にいる時はほぼ絵を描いていますが、それでもインストとかだと、ある意味で環境音に近いので、あまり気にならないし、何かしていても阻害されないので。
やはりテレビとかラジオは、どうしても気になってしまいますが、この雨の日に聴きたくなる曲の数々は心地よく、自分の癒しとなっていますね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
墨を使って動物を描くことの面白さを誰よりも体感する人。
佐藤さんとお話しする中で、彼がどれほど絵を描くこと、そして動物を描くことに魅了されているかが強く伝わってきました。
その熱量はただの自己満足ではなく、自分の作品を通じて多くの人々に幸せを届けたいという、利他の精神に満ちています。
彼の作品には「納得感」があり、その説得力の源泉を、今回のインタビューで丁寧に紐解いていただけたように感じました。
テーマの選定、卓越した技術、そしてそこから生まれる作品の意義が見事に調和し、芸術的なバランスをみせています。
彼のこの絶妙なバランス感覚こそが、作品に触れる人々の心を深く揺さぶり、感動を生むのだと思いました。
さらに印象的だったのは、佐藤さんのお人柄です。
インタビュー中、彼は気取ることなく、ユーモアを交えながら、丁寧かつ率直に質問に答えてくださいました。その姿勢から感じられるのは、謙虚さと親しみやすさ、そしてアートに向き合う真摯な、そしてポジティブな心です。
すべてに「納得感」がある——これは簡単に得られるものではありません。
佐藤さんの作品から感じる「納得感」の源は何かと考えると、佐藤さんの純粋な好奇心と探求心に行き着くように思います。
動物墨絵師・佐藤周作さんの今後のさらなる活躍が楽しみです。
以下、敬称略
プロフィール
動物墨絵師 佐藤周作
墨を用いて世界中の動物を躍動的に描く「動物墨絵師」。
国内外のイベントやライブペイントに出演、海外クルーズ船内でのアーティストインレジデンスで日本一周、アフリカツアーを経験。
近年は、アイルしながわでの壁画や有馬記念のライブペイント、滋賀県長浜市豊国神社の大絵馬のデザイン等、活動を広げる注目のアーティスト。
https://shusaku-sato.amebaownd.com/
取材協力
那須千本松牧場
https://www.senbonmatsu.com/
イベント会場
那須千本松牧場「にぎわい広場」
2024年10月リニューアルした那須千本松牧場のレストランと売店の間に位置する「にぎわい広場」は、家族連れや友人同士が集い、楽しめる開放的なスペース。
屋根付きの広場は、牧場ならではの自然の風景を感じながら、リラックスできる場所として、栃木県の生産者の取り組みや、また来たい、新たな発見と出会える牧場として、牧場と親和性のあるアーティストによるお客さま参加型のイベントを定期的に実施し、地域とお客さまをつなげ、新しい牧場の価値を創造していきます。
那須千本松牧場のリニューアル取材記事はこちら
https://ontowa.com/senbonmatsu-info-4/