あたたかな線と、どこかユーモラスな余白をもった動物たち。
見る人の心にそっと寄り添う、そんなイラストで親しまれている絵本作家・イラストレーター、ももろさん。
子育てや日々の暮らし、旅先での風景など、等身大の「今この瞬間」からインスピレーションを得て、作品を生み出しています。
近年では、那須千本松牧場の公式キャラクター「セボン」のイラスト制作をはじめ、絵本やグッズ、パッケージ、キャラクターコラボなど活動の幅を広げながら、“かわいさ”を記号化せず、その奥にある静けさや不思議さに目を向け、見る人の想像力をくすぐる表現を追求しています。
今回のインタビューでは、イラストレーターとしての歩みから創作の裏側、子育てを通じた気づきまで、ももろさんの“今”と“これから”をじっくりと伺いました。
ここからはインタビュー形式でお楽しみください。
まず、最初にイラストレーターになられた経緯を伺って驚きました。大学をご卒業後、普通に就職されたのちに、イラストレーターとして活動するようになったとのことですが、どういう経緯でイラストレーターの仕事を本職とされるようになったのでしょうか?
そうですね。実際には、7年ほど会社勤めをしながら、プライベートの時間でイラストの仕事も並行して続けていました。
受託のお仕事を少しずついただけるようになってきたんですが、それだけで生活するのはまだ不安もあって。
職場の仕事も学んできたこともあって、「もう少しやってみたいな」という気持ちもあり、しばらくは兼業という形を続けていました。
そんな中で、イラストの仕事が徐々に軌道に乗ってきた頃に、ちょうど結婚と引っ越しのタイミングが重なって。「この機会に、思い切って一本にしぼってみようかな」と思ったんです。
とはいえ、当時は夜中にイラストを描いて、少しだけ寝て、朝になったらまた会社へ行く…という日々もあり、さすがに体力的にも大変になってきていて(笑)。
イラストの仕事にもっと時間を使った方が、活動の幅も広がるんじゃないかと感じるようになったのも大きかったですね。
お仕事が増えていくきっかけ、転機はどういったことだったのでしょうか?
転機となったのは、コンテストに応募するようになって、人の目に触れ、他人の視点を取り入れて作品をつくる機会が増え、それが思いのほか楽しかったことかなと思います。
自分だけの世界をつくるのではなく、お題に応えるように描くことに面白さを感じました。
「こういう仕事でお金をもらえるようになったらいいな」と思い始めて、そこからクライアントワークを意識するようになりました。
仕事を得るために、イベントに出たり、自分で営業したり、ポートフォリオをつくったり。そういった活動を通して、少しずつお仕事をいただけるようになって。
実績が増えるにつれ、簡単には声をかけてもらえないような仕事も舞い込むようになってきて。そうした経験を通じて、「今まで一人でやっていた頃には出会えなかった、こんな仕事もあるんだ」と気づき、ますますこの仕事に取り組んでいきたいという気持ちが強くなりました。
お仕事が増えくる中で、何か気持ちや、姿勢の変化はありましたか?
最初は、他人の要望を取り入れて作品をつくることが「制約」に感じていました。でも、オリジナルではない分、制限を与えられた中で、自分の表現を最大限にどう活かすかを考えるのが意外と楽しくて。頭をひねる面白さがあることに気づきました。
その頃は、クライアントさんに言われて作っているだけで楽しかったのですが、続けていくうちに、「こうすると私の絵がより活きますよ」と提案してみたり、自分だけが持っているノウハウも伝えることでより仕事の表現に活かせる場面があると感じるようになって。
それからは、ただオーダーに応えるだけではなく、自分からも提案するようになりました。
やり取りを重ねて一緒につくっていくことが、この仕事の醍醐味だと、だんだんと分かってきたんです。
ももろさんのイラストは、あたたかな線や色味が印象的ですが、これは紙に描かれているのでしょうか?
仕事では、ほとんどデジタルで描いています。でも、やっぱりアナログが好きなんですよね。
昔、まだ仕事にする前は、木炭やパステル、アクリルなど、いろんな画材を使って描いていました。
そういう素材の持つ質感がすごく好きで、今の絵でもなるべくそれに近づけたいと思っていて。なんか、いびつな感じが好きで描いてます。
絵付けもやっていて、それを個展で販売したりもしているんですが、絵付けって特に“いびつさ”が出るんですよね。そういうところにもすごく惹かれていて。
最近はまた個展の時に水彩などを使ってミニ原画も作ったりしていて、アナログとデジタル両方楽しんでいけたらと思っています。
その感覚や理想が、今の描き方にも自然と表れているのだと思います。
ももろさんは、絵はどこかで学ばれたのでしょうか?
独学ですね。学生時代に美術部には入っていたんですが、そこで特別に何かを勉強したというわけではなくて。
ずっと趣味で描いていたので、たぶん、その時間が自然と練習になっていて、技術もそこで少しずつ磨かれていったんだと思います。
今回、那須千本松牧場の公式キャラクター「セボン」を描かれていますが、いつ頃からどれくらいの期間、制作されていたのでしょうか?また、色々な案もあったと思いますが、制作過程の中で、チャレンジしたこと、新たな発見などエビソードがありますでしょうか?
2024年の2月に千本松牧場に伺ったところからキャラクター作りが始まりました。
そこから半年くらいでしょうか、30体以上色々なパターンを描いては社員さん、デザイナーさんと検討を進めていきました。
チャレンジとしては、素描の気持ちよさのようなものを目指していました。偶然描いた勢いのあるラフな感じを大切にしたくて、その偶然性を求めて同じセボンで何度も線を引きました。
母なる包容力を感じさせつつ、親しみもあり・・・と色々なパターンを考えたのですが、最終的には、可愛い重視よりは、シンプルでちょっと何を考えているか読めない余白、のあるフォルムのセボンが選ばれました。
私としては可愛いものが選ばれるのかなー?なんて思っていたので、意外だったのですが、これがグッズや印刷物などに展開されると主張しすぎず、でもちょっと気になる存在感を放っており、決定した時よりもその後にじわじわセボンはこれだ、という気持ちが自分の中で固まった気がします。
そこまで見越してこのデザインを推したデザイナーさんはすごいなと思いました。
また土から作って牧草をそだてる千本松牧場の特色とマッチした力強さもセボンにはあるように思います。
手をかけた分、大変愛着のあるキャラクターになりました。
ももろさんの絵には、いきいきとした動物たちが登場します。動物を描くときに、意識していることはありますか?
やっぱり、動物には特有の動きや体勢があると思うので、そこから大きく外れないように気をつけています。そのうえで、動物がもともと持っている“かわいさ”を引き出すように描いています。
ただ、動物ってそれだけで十分かわいいので、無理に「かわいい要素」を足す必要はないなと思っていて。自分が「かわいい」と感じるそのままの姿を、できるだけわかりやすく、シンプルに表現できたらいいなと思っています。
今回のセボンも、どちらかというと無機質な印象があると思います。ちょっと怖いかも、というくらい。でも、牛が持つその無機質なたたずまいも、私はすごく素敵だと思うんです。
デザインの方とも話していたんですが、「このちょっとつかめない感じが、むしろ印象に残るんじゃないか」と。それが刺さって記憶に残るのかもしれないね、という話になって。
最近は、「すごくかわいい!」っていう表現じゃなくても、じわっと伝わるような“かわいさ”を描くのが好きになってきました。
動物を描くときに難しいと感じる部分があれば教えてください。
そうですね。たとえば、猫や犬の口元を「3」みたいな形で描くと、すごくかわいく見えるじゃないですか。漫画でもよく見かけますし。
でも、あれを自分の絵に取り入れるのが、すごく苦手なんです。
なんというか、あまりキャッチーな感じにはしたくないんですが、ただ実際、動物をよく観察すると、そういう形の口をしていることもあるんですよね。そういう時にそれを使うかすごく悩みます。
最近使うんですけど、本当は使いたくなくて笑 あと、肉球もあまり描かないですね。
あれもすっかり“かわいいアイコン”として定着しすぎていて、そこだけなんだか目立ってしまう気がしていて。そういうアイコンを避けて描くのが実は一番大変かもしれません。
これまで描かれた動物の中で、思い入れのある動物がいれば、ぜひその理由もあわせて教えてください。
しろくまは、やっぱり好きですね。これまでもたくさん描いてきました。
もともと好きで描いていたんですが、その流れでしろくまのイラストを依頼されることも多くなって。
あとは、風景を描くときにも、しろくまって色味的に邪魔をしないというか、画面になじむ存在なんです。
しろくまだからこそ成立する絵、というのもあって。特に、静かな雰囲気の絵を描くときにしっくりくるんですよね。
あとは、猫も好きです。友人の家でたくさん触らせてもらったのもあり、最近より描くことが増えてきた気がします。
特にシャム猫が多くて、これからも色々展開していこうと思っています。
今回のセボングッズでのお気に入り、おすすめを一つ選ぶとしたら、どうでしょうか?理由も教えていただけますか?
今回、値段が少し張っても質が良いこだわったものを、というラインナップだったので、本当にどれも気に入っています。タオルのカラバリも素敵だし、理念が重なるコラボになったキットパス、循環型酪農をイメージして作ったマスキングテープも良いですね。
一つ挙げるなら、ぬいぐるみクッションでしょうか。今回ラインナップを聞いて一番意外だった(一番最初のグッズ展開としてはもう少し日常使うものかなと思っていた)のですが、我が家に届いてみると、程よい硬さ、ナチュラルな佇まいがリビングにしっくりきました。
何より子供が一気に好きになってしまい毎日寝ているのをみると、ぬいぐるみのような位置付けでもあり、セボンを一番堪能できるグッズになっていてお気に入りです。
ご自身で販売しているグッズの中では、お気に入りはありますか?
最近作ったシャム猫のタグが、けっこう気に入ってるんです。
あとは、陶芸のお皿をイメージしてデザインしたカードもお気に入りですね。
こういうものって、仕事でぴったり合うオーダーが来ることってあまりないので、自分で作って販売しています。
セボンのグッズでも気軽に身につけたり手に取れるようなものも展開されたらいいなと思っています。
日々の暮らしの中で、“描きたくなる瞬間”や“インスピレーションをもらう時間”はどんなときですか?
やっぱり、旅行に行ったときや、きれいな景色を見たときには、描きたくなることが多いですね。
子どももいるので、定期的に外に出かけることが多くて。自然の中に行くこともよくありますし、そういうときにふと感じたことが、絵につながることがあります。
それから、子どもの写真をよく撮るんですが、「今、かわいく撮れたな」って思ったときは、それをそのまま、くまのキャラクターにして描いたりすることもあります。
仕草や雰囲気が、絵本づくりにも活きてくる気がして、スケッチ感覚で、日常をたくさん描いていますね。
そうした日々の記録が、絵本のアイデアにもつながっているんだと思います。
実際に子育てをされる中で、創作の視点に影響を与えた経験があれば教えてください。
絵本づくりに関しては、やっぱり子どもが生まれてからのほうが、ぐっとリアリティが出るようになりましたね。
特に低年齢向けの絵本って、0歳くらいから読めることを意識して作るんですけど、字が少ないから簡単だと思っていたんです。でも実際は、子どもが生まれる前は全然作れなくて。
でも、実際に子育てをしてみて、「こういうことで笑うんだ」とか、「こういうリズム感の言葉がすきなんだ」とか「ここで楽しそうに反応してくれるんだな」といったことがわかってきて。そこからは、自然と絵本に反映されるようになってきました。
たとえば、「どろんこ」のページが出てくる「まねっこ大好きぞうぞうぞう」という絵本があるんですけど、どろんこになれる公園に行った時に、自転車ごと突っ込んだり、ぬかるみの中に肩までつかって気持ちよさそうに笑っている子供を見て、子どもって本当にどろんこが好きなんだなって実感しました。それで「どろんこのシーンが出てくる絵本を描こうかな」と思ったりして。
それまでは、大人の感覚に寄った絵本を描いていた気がします。でも今は、子どもと過ごす中で感じたことが、そのまま創作に活きていて、自分の中でもすごく“リアル”になったなと思います。
でも子供って本当に予想外で、何が面白いか、は掴みきれず、絵本も永遠に試行錯誤している気がします。最高の絵本をいつか作りたいですね。
普段の暮らしを心地よくするために、大切にしていることや心がけていることがあれば教えてください。
「これをやりたいな」とか、「この展示を見に行きたいな」「この喫茶店に行ってみたいな」って思ったときに、なるべくその気持ちのまま行動するようにしています。
たいてい、そう思うときって仕事が忙しいことが多いんですけど、「次のタイミングで行こう」とはあまり思わなくて。気になったら、すぐ行くようにしています。
というのも、そのときの「行きたい!」っていう気持ちって、たぶん一番強くて純粋なんですよね。
1カ月後に時間ができても、その時のテンションではもう動けないかもしれない。だから、「いいな」と思ったときに、食べたり、見たりするようにしています。
いただきものも昔は大事に取っておいてしばらくしてから食べてたんですが、最近はもらって嬉しい!の気持ちですぐ食べることが多いです(笑)
絵を描くうえでも同じで、「今この瞬間が心地いいな」と思えるときが一番大事だと思っています。たとえば、子どもの写真がすごくよく撮れて、「あ、これ描きたい!」と思ったら、仕事があってもそっちを優先して描くこともあります。
もちろん、仕事の締め切りはちゃんと守りますけど(笑)、
「あとで描こう」と思っていると、その気持ちが薄れてしまって、「もういいかな」ってなることが多くて。
だから、心が動いた“今”の気持ちを大事にすること。 それが、私がいつも心がけていることかもしれません。
絵本やイラストを通じて、子どもたちや読者に伝えたいメッセージがあれば教えてください。
子どもを見ていると、「いま、すごく楽しい!」っていう気持ちが、全身から伝わってくるんです。
そういう気持ちを、絵や物語の中に閉じ込めて、読んだ人にも同じような気持ちになってもらえたらいいなと思いながら作っています。
「こんな楽しいことがあるんだな」とか、「こんなきれいな景色があるんだな」って感じてもらえたらうれしいですね。
それから絵本をめくる瞬間に親子で同じ体験ができたり、同じものを見るということが簡単にできる、すごいツールだなって思います。
新米ママだった頃はこうやって子供に話したらいいんだとか説明したらわかるんだという話しかけ方の教科書にもなっていた気がします。
世の中のいろんなことを本を通して知ってほしくて、色々なジャンルの絵本を読ませていて、我が家には絵本が溢れています。
最後に、今後の活動で挑戦してみたいことや、届けたいテーマなどがあれば教えてください。
やっぱり、自分ひとりで見つけられることには限界があるなと思っていて。
だからこそ、なるべく外に出て、いろんなものを見たり、体験したりして、楽しいことを見つけていきたいですね。
そうして得たものを、グッズやイラスト、絵本という形で発信できたらいいなと思っています。 どの仕事も、それぞれに違う楽しさがあるので、どれか一つに絞るというよりは、これからも並行して続けていけたら嬉しいです。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
「いびつな感じが好きで描いてます」
ももろさんがそう語ったとき、一気に胸の奥に火が灯り、思わず「わかります」と口にしてしまいました。
それは、私たち自身もずっと感じてきたこと。
手仕事の工芸品に宿る“いびつな美しさ”を愛おしく思う気持ちと、まっすぐにつながっていたからです。
完璧に整った形ではなく、少し崩れた輪郭や、ゆらぎのある線
そうした不均衡にふれたとき、私たちはそこに「美しさ」や「やさしさ」を感じます。
それは正確な機械では決して表せない、静かで力強い”ちから”
ももろさんの絵に魅力を感じていた感覚は、この感覚の近さにもあったのだと感じました。
さらに印象的だったのは、「思いついたらすぐ行動する」というももろさんの姿勢
心が動いた瞬間に迷わずペンをとる。
子育てや暮らしの合間に訪れる、そのかけがえのないタイミングを逃さず線を走らせる。
一番気持ちが乗った状態で描くからこそ、絵に宿る自由さや温度がまっすぐに伝わってくるのだと感じました。
私たちが求める「心地よい暮らし」とは、
もしかしたらこの、“感じた瞬間に行動する”という誠実さの積み重ねなのかもしれません。
忙しさの中で、いつのまにか置き去りにしていた感覚たち。
ももろさんの描く世界と想いにふれたことで、
それらがぐっと芽吹いていくのを感じ、
自分の中に眠っていた想いに気づかされた時間でした。
ももろさんのこれからのさらなるご活躍を、心より応援しております。
以下、敬称略
プロフィール
絵本作家・イラストレーター ももろ
笑い声が聞こえてくるような生き物の動きや、楽しくなる色の組み合わせを大切に、ストーリー性のある外国の絵本タッチのイラストを制作。主な作品に「ポポときせつのおかしづくり」(あかね書房)「こねこのルップ りんごだいすき」(小学館)など。キャラクターデザイン、版権キャラクターとのコラボ案件(ポケモン、サンリオ、シルバニアファミリー)、書籍挿絵、生活雑貨やベビー服のデザインやパッケージデザインなど、広い分野で活動中。
公式HP: https://momoro66.com
取材協力:
那須千本松牧場
那須千本松牧場は、「持続可能な循環型酪農」の実践を通じ、環境負荷の低減と地域活性化に取り組んでいます。広大な敷地で自ら育てた牧草を乳牛に与え、牧場内で生まれる堆肥を再利用することで、自然と調和した酪農を実現。
今回のグランドオープンでは、訪れるすべての方に、自然と触れ合いながら“PURE MILK FARM”の魅力を体験していただける場を提供します。那須千本松牧場は「環境に優しい牧場体験」をより充実させ、那須塩原のランドマークとしての価値を高めてまいります。
那須千本松牧場が大切にしている循環型酪農について
那須千本松牧場グランドオープンの取材記事はこちら
https://ontowa.com/senbonmatsu-info-7/